デジタルコミックの作画

9月の頭から11月の初旬まで、パロディ漫画を描いていた。
子供のお絵描きに付き合って落書きをすることはたまにあったものの、
腰を据えて描くのは二十年以上ぶりだ。
描くにあたっては「ComicStudioEXバリュー版」を使用した。
1ヶ月間、体験版を使った後は月額500円で使うことができるこのソフトを使えば
原稿用紙もペンもインクも、スクリーントーンもいらないのだ。
部屋も汚れず、匂いもしない。
レイヤーで画像を管理できて、枠線だって集中線だってフキダシだって
簡単に描けてしまうとなれば、これは楽チンだ。
ペンタブレットはintous4のMが調達できた。
ペンの入り・抜きもソフト的な処理でコントロールできるらしいし、
ペンの手振れ補正も付いてるらしいし、
なんだったら描線自体もペジェ曲線として修正できるようで、
なにそれ夢みたい! と、デジタル作画に取り組むに至った。

作業にあたっては、
1.ラフ絵
2.下書き
3.ペン入れ
4.仕上げ
という手順で進めることに決めた。

ラフ絵はネームを兼ねている。
サインペンぐらいの太さのペンツールで構想を絵にしていく。
これは特に問題なかった。

下書き、これは死ねた。

当初、初心者向けのガイド記事を鵜呑みにして鉛筆ツールで描いていたのだが
筆圧をうんとかけないとろくに描けず、肩は凝るわ手は痛くなるわで大変だった。
その後、これでは身体がもたないと思い、ペンツールに変えた。
このことで、身体は大幅に楽になった。

だがしかし、根本的な問題として、ペンタブレット&モニター画面の組み合わせでは
線が思ったところにいかないという大問題が発生した。
特に女の子の髪を描くときに顕著だった。
仕方がないので、複数の線を(シャッ、シャッ、シャッと)描いて主線となりうる線を探し、
これだと思う線以外は消しゴムツールで消す、という方法をとった。
これは線の精度という点ではまあまあよかったが、
線を何本も描くことと、消しゴムツールの分だけ作業時間は増えた。

ペン入れ時にもペン運びの問題は出るだろうと、下書きの最中に思い至ったので
下書きは緻密にやることにした。ほぼ本番の作画に近い。
これをなぞればペン入れ完了だと思えるぐらいのところまで描き込んだ。
なので下書きには相当の時間がかかった。

なんといっても、「できること」に果てがないのが辛かった。
600dpiの絵を、だいたい100%から150%に拡大して描いていたのは
そこまで拡大しないと線のブレを収束できなかったからだが、
そのぐらい拡大すると、アナログなら諦められることが諦めるわけにいかなくなってくる。
細かい書き込みを、やれるのにやらずにおく、ということができない。
なかでもダントツで作業量が多かったのは、キャラが着るコスチュームの「モール」だ。
等間隔の平行線を、引いて引いて引きまくった。
本当にうんざりするほどだった。
そりゃ昨今のマンガの絵は情報量が増えて当然だよなあ、と思った。

もっとも、デジタルゆえの恩恵も、かなりの部分であった。

劇的によかったのは
絵を部分的に選択して、移動や拡大・変形ができることで、これはとても便利だった。
コマの中での配置を、作画が終わってから調整できるし
胴体に対するパーツの位置を修正したり、大きすぎたパーツを小さくしたりできる。
これは、作画のクオリティに大きく貢献したと思う。

また、レイヤーを使って絵を階層化し、
作画に都合のいいようにキャンバスを分けられることもよかった。
例えば顔の輪郭を描いて別レイヤーに髪を描けば、
髪を何度やり直しても顔の輪郭のほうには影響がない。

地味に役立ったのが、キャンバスの左右反転表示機能だ。
いわゆる「デッサンの狂いを見つけるために原稿を裏から透かして見る」という行為が
ボタン一つで再現できる。これはとても重宝した。
表示だけでなく、キャンバスを反転しておいて、描きやすい向きで描くこともあった。
変形や回転をしなければ、絵は劣化しないようだったから、
描きやすい向きで描いて、反転したほうが楽な状況もあったのだ。

その反面、もうちょっと何とかならないかと思いながら
でも使わざるをえなかったのが、キャンバスの回転機能だった。
スタイラスペンを持った腕・手首の振りと描線の角度が合わない時に
原稿用紙を回す感覚でキャンバスが回せるのだが、
0.1mmの線を100%表示で描いているとき、
その画像を回転すると、線がジャギーというか、階段状になってしまう。
また、ここに書くべき、という位置が、描線を受け付けないこともよくある。
そこをなんとか必死に描いた、階段のような線に対して、
今度は平行線を引く、という作業が拷問だった。

まあとにかく、下書きには本当に時間がかかった。
相当のブランクゆえの画力の低下ももちろん時間がかかる理由のひとつだったが、
アナログの「紙」に鉛筆で下書きしていたら、
たぶん1/3の時間で済んでいただろうと思う。

そんなこんなで苦労して下書きを終えたら、次はペン入れだ。
下書きが本当に苦しかったので、
「これだけ緻密な下書きをしていれば、ペン入れは楽かもしれないな」
などと思っていたのだが、そうではなかった。

やっぱりペンは、下書きの線をうまくなぞってはくれなかった。
仕方がないのでペン入れもやっぱり
「シャッ、シャッ、シャッ」、という複数線と消しゴムで作業した。

※しかし後から考えたら、であれば下書きなんてやらなければよかった。
※いきなり「仕上げレイヤー」に描けばよかったのだ。
※むろん消しカスなどは散らばるだろうが、それも味の一つになったかもしれない。
※まあしかし、その時はそんなことはわからなかったのだ。

そういうペン運びでは──当然のことだが──ペンタッチがまったくつかず、
まるでロットリングで描いているようになってしまった。
また、ペンで書いているのか消しゴムで描いているのか
よくわからない状況になってしまい、激しくモチベーションが低下した。

※漫画を完成させてから見たいくつかのデジタル漫画指南記事では、
※ペンタッチは「重ね描き」で太さを出すと描いてあって仰天した。
※まあ知っていたとしてもやる時間はなかったのだが。

ペン入れにかかった時点で、作業できる残り日数はわずかだった。
ペンタッチもつけず、下絵をなぞる(再現する)だけの
情緒の入りようがない作業だったので、本当に、機械のようになってペン入れした。

ペン入れが終わったのは、他のメンバーと読み合わせをやろうといっていた、
入稿前の最後の週末だった。仕上げが残っていたので読み合わせはキャンセル。
他のメンバーには申し訳ないことだった。

ベタ塗りはさして難しくないだろうと思っていたが、
描線に隙間が開きがちな僕の絵の場合、バケツツールで流し込むことができないことが多く、
だからアナログの時のように、細筆で細かいところを塗りつぶしておいてから
バケツツールを使った。めんどくさかったけれどこれは仕方ない。

次に集中線や動的な平行線を描いた。
これはそこそこ楽しい作業だった。
明らかにアナログより楽で、しかもクオリティが高かったからだ。
気に入らなければ何度でもやり直せるし、実によかった。

だがスクリーントーンの貼り込みは、アナログと同じぐらいたいへんだった。
アナログであれば、カッターの刃の厚み以下の作業は物理的に不可能だが、
デジタルだと可能だから、すごく細かいところまでやれてしまう。
もっとも、貼り残しが出ても、追加で貼ったトーンの柄の向きが
前に貼ったものと「合う」ので、イレギュラーな作業については楽だったといえる。

そういえばフキダシはテンプレートのものを使用したので
異なるページで同じフキダシだったりする。これは割り切った。

使用したフォントは「F910コミック体」で、比較的よかったが
字間がまちまちで、見栄えは完璧とはいえない感じだった。

そんなところだろうか。
結局時間が足りず、もっとやりこみたかった作業も諦めて入稿したのだが、
入稿後は辛くて自分の原稿を見られなかった。
なんだか汚らわしいもののような気がしたからだ。

でも、印刷があがって恐る恐る見てみると、
下手くそなりに、がんばって描いてあった。
作品は自分の子供のようだというけれど本当にそうで、
何度見ても見飽きることはない。

思えば、今まで何回か漫画を描いたことはあったけれど
今回ほど「逃げなかった」ことはなかったのだ(下手くそなりに)。
それが必要だと思ったら、
面倒な身体パーツだろうと難しい姿勢だろうと描いた(下手くそなりに)。
これは自分にとっても、とても良いことだったようだ。

だがもうペンタブ(板タブ)での次はない。
次は液晶タブレットじゃなきゃ、絶対描かないから!