バ・イ・ク

■「バ・イ・ク」柳家 小三治(著)
古本屋でタイトルに惹かれて手に取った一冊。
口述筆記で書かれたらしいエッセイは充分に整理されているし、
口語の文体も噺家という意識があるから受け入れやすい。

内容としてはバイク好きのおとっつぁんのよもやま話、といったところで、
なかなか楽しいエピソードが収録されている。
ツーリングレポートについても、非常に読みごたえのあるボリュームでありながら
飽きさせずに読ませるのはやはり、その道のプロたる所以であろう。

もっとも登場するバイク好きたちが「噺家たちである事」にはさほどの意味は感じない。
噺家だからといってバイクライフに面白おかしい出来事が起こるわけではないからだが、
これは特別な話が読めると期待する向きには拍子抜けかもしれない。
ただ、バイクを知らない読者層から見ると、
登場人物たちが親近感のある噺家たちである事こそが
バイクとの架け橋の役目を果たしているかもしれず、
その点では評価するべきなのかもしれない。

この本が最初に刊行されたのは 1984 年の事だそうで
バイクブーム真っ只中の時期である。
カバー裏の著者近影に小三治氏と写っているバイクは FZ750 だろうか。
その頃はもちろんまだインターネットなんていう物はなく、
だからツーリングレポートと言えば
バイク雑誌の後ろの方、わら半紙のようなページに印刷された、
素人(アマチュア)投稿の物を読んでいた。
そんな時代でのこの、噺のプロによるツーリングレポートは
さぞかし面白く読まれた事だろう。

時代は変わり、バイクを取り巻く状況も一変してしまったので
氏のよもやま話が役に立つ事はあまりない。
しかし、その時代にバイクを楽しんでいた人達がいる、という事実を
目の当たりにするのはとても気持ちのいい事だ。
人の幸福感の分け前にあずかる楽しみのある、いい本である。