文人悪食

■「文人悪食」嵐山 光三郎(著)
お金を使わないで恐縮ではあるが、
またまたこれも図書館から借りてきて読んだ本である。
きっかけはまたも、とある本の巻末の刊行物紹介頁。
僕は嵐山光三郎氏についてほとんど知らず、
テレビタレント業を主体とする文化人か、ぐらいに思っていた。
考古学の吉村作治氏のようなイメージである。
作家とも認識していなかったので、
氏の著作に触れるのはこの「文人悪食」が初めてだ。
読んでみて驚いた。
なんと力強い文章だろう。しかも説得力に満ちている。
氏の、伝えたい気持ちが、文章を磨き、修飾していく作業からよく伝わってくる。
編集者アガリという経歴からも、
文章のプロフェッショナルであるのは間違いのないところなのだが
とにかく努力して書かれた事がよくわかる文章なのだ。
氏は口語調やカタカナ表記を使う事で軽薄とされる事もあるらしい
(事実、後に読んだ「素人庖丁記 ごはんの力」では、
「なの。」の多用に少し辟易した)が、
この「文人悪食」にはそんな兆候は微塵もない。
おそらくは氏が、文壇そのものを敬愛しているからであろう。
さて内容であるが、
近代作家を食というテーマから分析・紹介するという趣旨で
37人の文士を取り上げ、それをまとめる形で一冊の本に仕立てあげている。
夏目漱石宮沢賢治といった、教科書に載るような
誰でも知っている文士も取り上げられているし、
そのあたりの文学がサブカル的に人気がある事もあって、
非常に面白く読む事ができた。
なんといっても面白かったのは、今まで知らなかった文士の姿を
ある程度体系立てて知る事ができた事である。
お札になった樋口一葉が、陰湿な恋愛物の小説の人だったとは知らなかった。
有島武郎の「一房の葡萄」がフェティッシュな小説とは気付かなかった。
恵まれた環境に育った石川啄木がコンプレックスの塊だとは知らなかった。
今まで額面通り受け取っていた物語が、
いろんな事情を知ると、違う見方で見る事ができる。これは面白い。
また、雑学的なネタも、多数散りばめられている。
芥川龍之介の段落の、羊羹としゃぶしゃぶの因果関係の話は
検索して知ってみたいと思わせる一節であったし、
樋口一葉の著作の登場人物・美登利と寿司の関わりは、
寿司屋に美登利という屋号が多いのと何か関係があるのかな、等と
想像するのは楽しかった。
すでに故人となった文士を題材とするには
もちろんなんらかの資料からネタを引っ張ってくるわけで、
だからそれぞれの文士のファンからしてみると
既知のネタばかり、という事になるかもしれない。
実際僕の場合でも、池波正太郎氏についての話などは、
池波好きの女房の影響で主だった著作が既読だったから、
ほとんど知っているネタであった。
嵐山光三郎氏と交友のあった檀一雄氏、深沢七郎氏らについては
オリジナルなエピソードも紹介されていると思うが、
ほとんどの文士(の食に関する部分)に関して、この本は「まとめ」である。
しかしそれでもこの本が有用なのはやはり、
著名な37人もの文士を集めた部分にある。
特に後半部分では文士と文士がリンクしていくので、
次々と知的好奇心が満たされていく感覚があってたいへん面白い。
中には、取り上げてはみたものの
どうにも「食」のテーマでは切り出せなかった文士もあったようだ。
無理矢理食にこじつけてあるけれど、どうにも苦しそうである。
でも全体としてみるとやはり、
その文士も取り上げられていてよかった、と思えるのだ。
作家が描き出す作品世界に、読者はなんとなく
作家そのもののイメージを重ねてしまう。
しかし実際には作家の人格はまったく違う物だったりする。
それが如実に現れるのが、食の嗜好であるのだろう。
その切り口で文士たちを繋げていった嵐山氏のセンスとテクニックには
ただ脱帽するしかない。本当に面白い一冊だった。