ヒロイン像

■通勤時間を利用して「トゥームレイダー」1&2を見た。
例によって地上波吹き替え版である。
一言で斬って捨てていいものか悩むが
なぜこれが続編まで作られたのか理解に苦しむ。
まず出演者ありきの、日本で言えば「あずみ」なのだろうか?
要するにアンジェリーナ・ジョリーのPVでしかない。
インディ・ジョーンズ」シリーズと比べる向きもあるかもしれないが
ハリソン・フォードとルーカスと
スピルバーグに失礼なぐらいである。
「トゥーム…」は原作を持っている。3Dアクションゲームである。
プレイヤーが頭をひねったり、
複雑な操作をしたりしてクリアしていくのであるが、
ルーツがそれであるのに映画の「トゥーム…」には
困難に立ち向かう感じがまったくない。
まず謎解きが一切ないのだ。
なんでもできるコンピューターの解析のもと、
ララがピンとひらめけば、それが正解なのである。
「こうよっ!」ってお前、こうよじゃねえだろ。
思い切り大胆に物を壊したり放り投げたりしてるけど
違ったらどうすんだよまったく。
ララのひらめきにしても、論理的な導きがあるわけでも
伏線があるわけでも新たな発見があるわけでもない。
もしこれがゲームだったら絶対にクリア不可能だ。
クソゲー同様のエンタテインメント、そこが一番気に入らないが
ララがやたら意味もなく暴力的なところも
ワイヤーアクションを見せるためだけの、意味のない〜
プロフェッショナルならばやらないであろう無駄な〜
アクションも非常に腹立たしい。
プロという言葉が出たのでそこについて言いたいのだが、
ララは世界のトップのトレジャーハンターなのに
やっている事が非常にヌルいのだ。
最大級の危険に身を晒しているなら
もっと、二重三重の保険をかけた行動をとるべきである。
また、狙うお宝が最高の物であれば、
対する敵だって相応のトップクラスの敵であるはずで
ララへの攻撃ももっと的確かつ正確でなければならないと思うのだ。
それなのにララ、銃弾かいくぐり過ぎだろ。
他の映画でも少なからずそういうのはあるけれど、
「トゥーム…」の場合はララが無鉄砲過ぎて、実に嘘クサい。
避け方が実戦的に優秀でかいくぐれているならともかく
二丁拳銃突き出して突進しているだけなのだから
ララが優れているのではなく、敵が無能という事なのだ。
世界を揺るがすお宝をどうこうしようって時なら、
もうちょっとマシなスタッフで回りを固めるのは当然というか自然というか
当たり前だと思うんだけど…。
まぁ敵の首謀者にしたところで、ララより圧倒的有利な状況にいながら
部下をその場から下がらせてララと二人きりになり、
その結果立場逆転されるなんて初歩の初歩過ぎて呆れる気にもならない。
ララはまた、何かにつけて「つまんないじゃない」等と言って
ド派手(←この言葉はこの映画のベクトルでは褒め言葉のようだが、
ここでは蔑んでいる)なやり方で、
あえて困難に繋がる方法を取ったりするが
それはセオリーをあえて無視する、なんてものではない。
要するに真剣味に欠けているのだ。
目的が達成できなくても、死んでも、別にいいのだ。
まぁそれは言い過ぎとしても、
相手にハンデを大量に与えてから冒険・戦いに臨むのは
舐めているとしか思えない。
という事は舐めてかかってもいいユルいミッションという事なのか。
もしくはララが無敵ステータスなのか。
無敵に近いキャラがピンチを装っても、全く感情移入できない。
amazonでこの作品のレビューをご覧になったら、
そこからアンジェリーナ・ジョリー人気を割り引いて読んでもらうと
この作品の評価がわかるかもしれない。
もともと子供向け映画と言えばそれまでかもしれないが
スパイダーマン」なんかはしっかり作ってあるわけで、
もっともそれはゲームとアメコミの社会的評価の差かもしれないけれど
とにかく何か間違っている事は確かだ。
出演者だけを見ていろいろ許容するのは人それぞれだが
日本に輸入された文化に接する時は
点数配分を考えないと文化レベル的に諸外国に恥ずかしいし
客として舐められる事になる。
好みとクォリティ評価はまったく別なのだから
星をつける時には御一考願いたい。