搾取される若者たち

■「搾取される若者たち」阿部 真大(著)
同じバイク乗りでありながら、僕はバイク便という職業についてあまりよく知らない。
まずはその内幕を知りたい、というのがこの本に興味を持ったきっかけである。

程度の差こそあれ僕も彼らと同じように
都心をバイクで走っているからその肉体労働っぷりはわかる。
さらに、都心で長い時間を待機して過ごすバイク便ライダーの多さ、
またそれに見合うはずのないバイク便の料金の安さを考えると、
どう考えてもまともな仕事とは思えない。
バイク便という業務の中身は一体どうなっているのか。
この本のタイトルには「搾取」とある。
うんうん、そこのところを詳しく聞きたいのだ。

と、かなり期待して読んだが、結論から言うとその期待に応える事のない本であった。
また、読んで、非常に不満や違和感を感じる本であった。
いろいろな点で、たいした根拠もなく結論を言い切ってしまう強引さ。
辿りつきたい結論に対して邪魔になる要素をないがしろにする無神経さ、
またそれによる矛盾。
正直言って、学生の課題レベルだと僕は思った。

まず「ワーカホリック」という考え方。
著者は自分の経験を根拠に、同僚達がワーカホリックになってしまっていると言うが
そもそも彼らはワーカホリックなのだろうか。
バイク便という職業にのめりこむ──バイク便のどの部分に?
この本で語られているのはそのほとんどが「早く走る事」に対してのようだ。
それが業務上に発生していたとしてもそれは「業務である事とは切り離された快感」であって、
であれば「スピード中毒」と「仕事中毒」は分けて考えるべきであろう。

この本の前提として「バイク便ライダーという職業は不安定雇用である」とあるが、これもおかしい。
分類を目的とした分類ならば確かにそれはそうなのだが
一般的な終身雇用と同等の年齢まで勤め上げられる職業と思ってこの職に就く者はまずいないだろう。
みんな「不安定」と知りながらその世界に入っていくのである。
つまり言ってみればバイク便という職業が「短期雇用」の延長線上にあるのは周知の事実であり、
そこをわかって考えないと、著者のいろいろなトリックに引っかかる事になる。

確かに就職氷河期において本就職ができず、
選択の余地なく一時的にバイク便という職業に就く事もあろう。
そういうケースでは自己責任と言いきれない場合も多かろうが、
「一時的なはずの」バイク便ライダーという立場に甘んじてしまった時点で
やはりそれは自己責任なのだ。
この本ではそれを「自己責任とするのは無茶苦茶だ」と言っている。
「無茶苦茶だ」という言葉だけで否定してしまう方がよほど無茶苦茶だが
ここでひどい責任転嫁がある。
「職場が楽しく(興味深く)、働く意欲が続くからやめられない」。
これを「職場のトリック」と言っているがそのような労働環境のどこが問題なのか。
労働条件を事前に提示しつつ労働意欲の沸く環境を提供する企業側に問題はあるまい。
著者もそこに気がひけたのか「会社のトリック」と言わずに「職場のトリック」としているが
この時点でもう、この本自体が破綻してしまっているのだ。

あえてそれ以上を探求するならばもっと大きな社会や国家の話になってしまう。
そうなったらもう手に負えない、と判断したのか、
そこからの展開はまるで締め切りが迫って無理やりページを埋めたかのようなドタバタぶりだ。

思うにこの本は(意図的でないにせよ)、
若者(労働階級)の事をよく知らない、また知らないという事を知っても
以後も自分の足では知ろうとしないような、そんな層に向けて書かれているのではないだろうか。
その人たちの好奇心を満足させる程度に書きあがっていれば
それが何も生まなくとも、ある場所においては評価となる、ような。
これがきっと、「学生の論文」程度に過ぎないと僕が思う理由なのだろう。

甘いと言えば、そもそも根拠となる取材その物も甘い。
先輩ライダーがそう語るから、そう書くのか。
それらの若者が、気持ちを言葉にする技術をどれだけ持っているというのか。
また、どれだけ内面的な気持ちを言葉にするというのか。

例を挙げれば、P42に挙げられた会話に
「俺ら負け組みでも、腕がありゃ、いい暮らしできるよ」
という台詞があるが、生涯賃金として考慮されていない点でこれは疑ってかかるべき台詞である。
同僚と著者がストレートにこう話し、こう書いたなら、同僚と著者の頭が悪いだけだが
もし同僚が皮肉を込めて、あるいは自虐的にそう言った事に気付いていないのなら
浅はかなのは著者である。

もっとも彼らをワーカホリックに結びつけるためには
愚鈍なほどの純粋さを演出した方が都合がいいのだから
著者は、この台詞はうまく利用できる、ハマると踏んだのかもしれないが、
そうだとしたらやはり、その舐めた態度がいけすかない。

この本が書かれた時点での著者は、いかんせん若くて未熟であったようだが
彼に対して「え、それはおかしいね、そこをもっと詳しく」と言う人はいなかったのか。
いなかったならそれが不幸だったと僕は思うし、商業ベースとして情けない事だと思う。
だから、一読者の分際ではあるが批判したい。

題材自体には大変興味があるのでプロの仕事としての続編を読んでみたいが、
それが書かれる事はあまり期待できそうにない、だろうか……。