ホメずにいられない

■「ホメずにいられない」福野 礼一郎(著)
僕が福野礼一郎氏の文章に出会ったのは、雑誌「Begin」であった。
この「ホメずにいられない」は初出が記載されていないので断言はできないけれど、
読んだ事のあるような内容なので、これもたぶん「Begin」誌に掲載されたものなのではないだろうか。
男の嗜みとして「クルマ」(注:カタカナ表記の事!)というキーワードがまだ必要だった時代の話である。
とはいえ大きく見栄を張るよりもやや実利的にと世の中が変化していく時期でもあり、
だから「実力で勝負」というコンセプトが大きく魅力を増す時代でもあったと思う。
それを察知してこういうコラムを書きあげた福野氏は切れ者なのだろう。

文章中に出てくる職人達は実力者揃いだけれど、そこに至るまでの修行は地味だったはずだし
その日常は基本的には日の当たらない、知る人ぞ知るといったようなものであるだろう。
普通なら昔の日本人好みの、ありふれた地味なサクセスストーリーでしかないのであるが、
福野氏は彼らの裏の顔を思い切りスーパーマン化する事で
二面性の魅力とでも言おうか、表の地味な姿までをも引き立たせている。

思えばクルマ関係の書籍には「誰も言わなかった」とか「間違いだらけの」といった
好奇心をくすぐる「内緒だぞ」系のアプローチが非常に多い。
走り屋・カーキチなどという、一種アナーキーな嗜好を満たすには
対する国家権力等の目をかいくぐってうまくやるような、
そんな反権力的で非合法「っぽい」要素がとても効くのかもしれない。

この「ホメずにいられない」も、やはりそういう「誰も知らないけれど実は」という奴だ。
福野氏の語り口も軽妙で、先輩の話を聞かせてもらっているかのような面白味がある。
内容についてはホラかマコトかわからない、いい加減な話ばっかりだけれど
結構面白い、楽しい話であった。