大局観のない映画とリンダリンダリンダ

■「デイ・アフター・トゥモロー」。
僕は小説「日本沈没」のファンであるが、
リメイク版の映画はまだ見ていない。
藤岡弘版は、技術的にたどたどしい部分があったけれど
当時の民衆の共通認識や危機感、想像力がその溝を埋めたろうし、
さらにはおそらく、映画に触発されて原作を読む事が
今よりずっとポピュラーであったろうから
原作の内容を語り尽くせていなくても、
当時の作品としては失敗ではなかったと思う。
しかし。映画「デイ・アフター・トゥモロー」は
駄作であり馬鹿映画であり、
こんなストーリーを褒める奴が馬鹿なら
こんな映画が成り立つアメリカという土壌もまた馬鹿である。
まったくどうしようもない、おめでたい作品だ。
たいした流浪もなく嵐も去り、すぐに新しい時代の幕開けとなるのも
テーマパークのライドじゃあるまいしご都合主義も大概にしろだが
それより何より物語の根幹が
とある父と子の再会物語なのだからどうしようもない。
まさに、「プライベート・ライアン」だ。
他のメンバーは、そして民衆のほとんどが家族を失ったろうにさ。
貸付けチャラで他人の家(国)にずかずか乗り込むところも
他国の被害は台詞一言二言で済ませてしまうところも、
実にたいした思い上がりだし
宇宙ステーションの乗組員のすっとぼけた危機感の無さといい、
副大統領の安直な反省(と、それで済ませてしまう神経)といい、
こんなジャイアン太鼓持ちしてていいのかよ、ほんと。

■「リンダリンダリンダ」を見た。
恵役の香椎由宇は最近めっぽう気になる役者である。
その彼女の、高校生役が堪能できるのはとても楽しいが
まぁそれはさておき。
主役はソンさんで、とてもキュートである。友達になりたい。
作品としてだが、時期的にも「ウォーターボーイズ」とか
SWING GIRLS」と、かぶる印象をまず持ってしまう。
だが「リンダ…」はもっとクールでドライである。
その乾き具合は現代により近いのかもしれないけど、ちょっと寂しい。
観客は彼女達の輪の中に、決して入っていけないからである。
若い子にはその疾走感が気持ちいいかもしれないが
自分が歳を取り、境界線の外にいる事に気付かされるのは結構堪える。
もちろんそれはきっと意図されたものではなく
若さが持つ残酷性を
製作者がうまく描いてしまったという事なのだろう。
作品に非はないし、かっこいい作品になっているので
僕の寂寥感は、僕の問題である。
それを呼び覚ましたこの作品は、とてもいい映画だった。
余談だが「天然コケッコー」も同じ監督らしい。
ちょっとドライになりすぎやしないかと思うけれど、
田舎の描写をベタにやると
それまた違う古臭い人情活劇になってしまうだろうし
どうなるのか楽しみである。