スピード

「スピード」スピード2」を見た。
世の中では総じて「2」が「1」に比べて評判が悪いようで
その落差もあってか
興行成績のよかった「1」は、より高い評価になっているようだ。
おいおいちょっと待ってくれよ。
「1」で充分駄作だろ。
むしろ見方を変えれば「2」のほうが
ハチャメチャコメディとしては空前絶後の規模であり、
かの「1941」にも劣らない無駄っぷりが
実に素晴らしいと言えなくもない。
とにかく「スピード」のどこがそんなにヒットしたのか。
エレベーターのエピソードはまぁいい。
任務を逸脱→同僚の負傷パターンは使い古されているし
人質を撃つというキメ台詞は現実味に欠けるわりにくどいが
嫌悪感を抱くほどではない。
やはり問題はバス編だ。
バス編を通して言えるのは
警察及び自治体のボンクラっぷりで成り立っているという点である。
ジャックと警察本体との連携も非常に悪い。
バスの進路をいろいろな意味でクリアーにしておかない、
できないというのは無能という他ないし
大体が、町一つ吹っ飛ばすほどの爆弾と言ってるわりに
乗客優先過ぎて、巻き込まれる周囲の被害に寛大過ぎる。
スピードを落とせないのは結構だけれど
当の爆弾製造者が同乗しているわけでもない
→起爆装置の安全信頼性が低い代物なら
やむを得ず乗客は二の次で、
とにかく隔離する事を主眼とするのが普通だと思うのだが
飛行機がわんさか係留された滑走路に誘導するっていうのは
いったいどういう事なのか。
バカやらかしておいて
「ジャックお前はたいした奴だぜハッハー!」って、
お前もう、明日辞表出せよと。
はっきり言おう、子供向け特撮レベルなんである。
そもそも犯人が、警察という組織全体でなく
ジャックという個人を相手にするのが嘘臭い。
ハリー警部や青島君にもそういうところがあるが
作品の方向性が違うのだ。
「スピード」の犯人の目的ははっきり金らしいし。
なんというか、映画製作にあたり、
「何をドカンとやるか」から入っているのではあるまいか。
見せ場へどう繋げるか、が目的となっているから
ストーリーにしても後付けの匂いを隠し通せていないのではないのか。
洋画の場合、興行成績だとか
作品の規模が評価の一基準とされる事が少なくない。
しかしその場合我々日本人は、
その作品のターゲット層がどこであるのかまでは
興味を持たないのが普通だ。
極端に言えばシリアスドラマとしてヒットしたのか
それとも娯楽大作としてヒットしたのかわからないままに
一括りに「人気の映画」を自分も見に行く、
というパターンが多数を占めるのではあるまいか。
外人コンプレックスでもあるまいが
まじめな顔でしゃべられると
真剣なのか冗談なのか判断できなくなっているのだ。
これは戦後、西洋人をして「東洋人は無表情で感情が読めない」
といわしめた話と似ているが非なるもので
何の事はない今の日本人が会話や表情から
感情を読み取る能力を失ってしまっているだけだろう。
情緒不足という奴である。
もっとまともに、まともな作品を見ないと
不感症は退廃を呼ぶよ。