どくとるマンボウ航海記

■「どくとるマンボウ航海記」北 杜夫(著)
僕がこの本を最初に読んだのは小学生の頃だから、もう2〜30年前の事である。
ちょっとふざけたタイトルが気を惹いて、親父の本棚から手に取ったのだろう。
読みやすい文体の旅行記は子供には理解しづらい部分もあったけれど、
旅というものに対する小さな憧れを僕に植え付けた。

冒険といえばジャングルや海底や宇宙といった、未開の地での大活劇をイメージしていたが、
大海原や外国という、知っているようで知らない場所を旅する事も、
ちゃんと冒険なのだと教えてくれたのもこの本だったと思う。

そんな思い出深い本だが、数十年の間に触れ直す事はなかった。
それを今回読み返したのは、椎名誠氏の著書に
氏が旅先でこの「どくとるマンボウ航海記」を読むくだりがあったからである。

だいぶん時代が移り変わった今読み返すと、
この旅行記が古き良き時代のものである事を強く感じられた。
諸外国の人達の物腰。
物の売買。
風俗街の雰囲気。
明日から僕もこんな旅を!と立ち上がってみても、もうこれらを手に入れる事は出来まい。
それは結構寂しく、そしてだから目を細めて想いを馳せるに値する。

「どくとる」をひらがなで使う、というタイトルから既に始まっているユーモアは、
この時代だから新鮮に感じられただろものであり、
現代では特に取り上げられるべきものではない。
北杜夫氏のホラやドタバタ等のナンセンスギャグもそうである。
しかしそれらの文章は、その時代が確実にあった事を強く感じさせる。
小学生だった僕が「ははは」と笑った、そんな追憶も
胸いっぱいに広がるのである。